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酒遍歴(1)

「酒よ 天から落ちたこの滴(しずく)」(酒肴記 ISBN:4041305284

私が初めて酒を口にしたのは2歳になる前だったという。
観光地に親戚一同集まっての昼食時である。
岡山県倉敷市玉島中央町にある老舗ソースメーカー「豊島屋」の現社長である大野豊氏にコップ半杯のビールを飲まされたものであり、そのときの私は確かに酔っ払ったという。
大野豊氏は私の叔父にあたる。
ビールの飲んだ私はいつにも増してはしゃぎ、そしてオムツの裾から流れ出るほどの大量の下痢便を漏らした。
漏らしながらもはしゃいでいたという。
そして突然バタリと倒れるように眠り、次に目覚めた時、私は点滴のチューブや心電計のコードに囲まれて病室のベットに横たわっていた。
十八歳の春であった。



というのは嘘であるが、今にして思えば不思議なことに二十歳になるまでそれほど酒を飲みたいとは思わなかった。
「未成年に酒は飲ませない」というわりと厳格であった父の影響もあろうと思うが、大人ぶって友人たちと、名古屋の藤が丘にあった居酒屋「むらさき」に雪崩れ込んだ高校時代にも、甘ったるいカルピス酎ハイ一杯で明け方まで居座った。

初めて泥酔したのは、専門学生時代の終わりごろ二十歳の時である。
阿倍野の高級スナックでアルバイトをしていた友人が、「下らん店だから辞める」ので私を含めた悪友数人に「勤務最終日の閉店後に飲みに来い」と声をかけたのだ。
思ったより広い店内は「締め」を任されていた友人の手によって綺麗に片付けられていて、隅にはグランドピアノがデンと置かれていた。
「高い店」だった。
こんな店に入るのは初めてだった私は、ちょっと緊張しながら赤いソファに腰を下ろした。
しかし礼儀知らずで世間知らずで傍若無人な私であったから、友人が出してくれたグラスに注がれたビールを三杯も飲むと、店の雰囲気にも慣れて逆にいつもの調子が戻ってきた。
友人は次々に酒を出してきた。
瓶の両側にガラスの棘がついたものや、蓋に馬が小さな馬が乗っているものや、赤いのや黒いのやそれまで見たこともない酒を、皆フロアを歩き回りながらバカラもどきグラスに手酌で注いで、氷も入れずにガブガブ飲んだ。
今になって考えると、恐ろしいことをしたものだ。
飲んだ量をそういう店の相場で換算すれば、一人当たり10万円は下らないだろう。
三時間近くもドンちゃん騒ぎをし、ピアノの鍵盤に酒をこぼし、グラスを割り、毛の長い絨毯を汚し、空の瓶が散乱する店内で男女入り混じってごろ寝をしたのが、もう明け方近くである。
友人に起こされた時、ここが地獄かと思うほどの頭痛であった。
店を出た途端にナイアガラの滝のように吐いた。
そして膝が溶けて、道端にへたり込んだ。
また吐いた。
次の日にも割れんばかりの頭痛が続いた。
その次の日も、その次の日も、理論的には永遠に・・・ということはなかったが、とにかく二日酔いなんていう生易しいものではなかった。
まあしかし、それ以降もちょくちょくこういう飲み方をして、同じように七転八倒の苦しみを味わってきたのに、いまだに飲んでいる。
酒というのは、まこと不思議なものである。

ちなみに、この日を最後に店を辞めた友人だが、当然店主にはその悪行がばれて損害賠償を請求された。
金100万円也だったが、私たちは知らん振りを決め込んだのだった。

  by savaoex | 2007-03-29 12:21 | 読書

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