過去ログ-よりぬきサザ○さん

【優しい店】

ぼくが時々行く飲み屋に「QUICK ONE」という店がある。

カウンターだけのいわゆるスナックで、ママさんと女の子が1~3人くらい、客は14、5人も入れば一杯になる、こじんまりとした店だ。
壁も床も調度品の多くが木なので、ケバケバした感じがしなくて、誰かと他の店で飲んだ後に一人でぶらっと寄って息抜きするにはちょうどいい塩梅の店なのだ。
小さなビルの地下にあるというのも隠れ家感があって、子供の頃、押入れの中やダンボールの箱に入るのが好きで、今でも建物と建物の隙間や窪みなどに愛着を覚えるぼくに向いている。
しかし、この店には難点があって、最初はぶらっと寄ったつもりでも、椅子に座った加減が良くてついつい長居してしまうことだ。
何ヶ月か通っているうちに、常連客の何人かとも顔見知りになって、歌をうたったり、しょうもない話をしながらゲラゲラ騒いだりしていると、気づかないうちにビックリするような時間がたっている。
おかげで妻に何度叱られたかわからないし、ちゃんとした仕事で遅くなっても「また、QUICK ONEでしょ!」などとあらぬ疑いをかけられる。
浮気をしているのではないかと疑われているのかもしれないが、ほんとうに何もないのだ、信じてくれよ頼むから。
しかし結婚しているから、遅くなっても帰るのだが、独身時代なら確実に朝まで飲んだくれているだろう。そんなことを言っても妻は許してくれないのだが。
軽く話をしつつ、さっと飲んでてさっと帰る。
こう考えてみると1時間もあれば、じゅうぶんである。
しかし実際には2時間、3時間、ときには4時間という途方もない無為な時間を過ごしている。店に入ったときはぼく一人だったのが、そろそろ帰ろうかと思う時分に顔見知りのお客が入ってきたりするともうダメだ。
23時を回るとどんなに早く帰っても家に着く頃には午前様になるのは確実だから、妻の怖い怖い怒り顔が頭にちらついてはいるのだが、ここのお客は楽しくて妖しくてヘンな人が多いので、なかなか帰る気にならないのだ。
いい店ではあるのだが、引力が強すぎて既婚者には優しくないのである。
困ったものである。

隅っこに何かがうずくまっていそうな薄暗く澱んだ気配。白く細かいほこりの積もったカウンター。雑巾のようなネズミ色のおしぼりで、ぼくの前だけ軽く拭く小太りのママの太い腕。よく見ると意外に濃い毛が生えている。昔は透明であっただろう三ツ矢サイダーのトレードマークが描かれたグラスが置かれる。それに注がれるぬるいビール。そしてニコリともせず目を合わせないままブツブツと呟くように己の酷い人生を生い立ちから語るママ。景気づけにカラオケでも歌おうかと本を開くと「今月の最新曲」のページには「玄界灘旅時雨」とだけ載っている。知らない曲だ。それ以外のページもすべて「哀愁のクレイジーポエム」だとか「高崎山女人慕情」だとか、聞いたこともない題名の曲ばかりだ。これでは歌えないので仕方なくトイレに立つ。トイレは和式である。トイレというよりも離れの便所である。天井からぶら下がっている蝿取り紙に2,3匹の蝿じゃない何かが捕らえられてもがいている。

・・・「あぁ、ヤな店に入ってしもうたがな」と思わせる、斥力の強いこういう店のほうが、正常な夫婦生活を送る上においては優しいのである。

とはいえ「QUICK ONE」には今のままがんばってほしいと思っている。
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  by savaoex | 2007-04-17 10:55 | その他

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